大湯ストーンサークルに一番近い温泉宿

大湯ストーンサークルに一番近い温泉宿、ヴィーガン創作料理、縄文古代食を楽しめるYUZAKAさんに宿泊しました。宿泊したちょうど一年前は今年出版予定の拙著の編集会議をYUZAKAでしていました。

縄文時代から食べられていた食材を使ったオーナーシェフの諏訪英子さんの創作料理は縄文古代食といわれています。

無農薬栽培の雑穀、古代米、縄文人も食べていた季節の山菜野草、どんぐり、トチの実、くるみ、松の実、などの生命力豊かな地元の食材を使って諏訪英子さんは魔法のように調味料を配合して美味しく調理しています。

全国各地でヴィーガン料理を食べ歩いていますが諏訪英子さんの創作料理は頭一つ飛び抜けていると思いました。

1931年(昭和6年)に発見された大湯ストーンサークルに身を捧げた大湯郷土研究会会長で元大湯町長の諏訪富多は、諏訪英子さんの分家でした。

そして江戸時代後期の国学者・神道家の平田篤胤より三代目盛胤の次女と諏訪家が結婚しているので平田篤胤家とも親戚でした。

諏訪富多は金沢で哲学者西田幾多郎より学び東大の哲学科を卒業して郷土に戻りました。

諏訪富多は、郷土史家であり、「十和田高原神都論」を唱えた人物で、大湯郷土研究会の会長も務めました。

大湯ストーンサークルの顕彰に努力し、東北がかつては文化の中心であったとする十和田文化圏を提唱した膨大な論文が残されています。

竹内文献によれば、かつて十和田湖周辺に天皇が神都を築いたとあり、その場所の一つがピラミッドと名付けた十和利山がある迷ヶ平です。

昭和11年に迷ヶ平から金鉱が出るそうだという評判が広がり、調査隊が入りました。その時にドコノ森の7合目から頂上にかけて奇文字や図形のような線が掘ったような石が数多く発見されたのです。

かつて数千点あったらしいですが、昭和の時代にほとんど持ち去られてしまい、今では見つからないそうです。

持ち運べない大きい石は残っています。

かつて、諏訪富多が経営していた大湯ホテルのロビーに展示されていた「ドコノ森の刻線石」がYUZAKAに展示されています。

YUZAKAの向かいに200円で入る共同風呂があり、そして自然酒やビオワイン、オーガニックビール、そしてノンアルコール飲料も豊富にあるので、縄文や精神世界や自然食に関心のある皆さんにはぜひ「湯宿YUZAKA」に泊まることをおすすめしますが、YUZAKAさんは来年の2027年4月まで、しばらく今年はお休みするそうです。


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