私たちは満足をえようと、努力して苦労して欲しいものを、手に入れようとします。
ショービジネスで大成功して、使い切れないほどの大金を手に入れたビートルズは、次のようにいっています。
「金で買えるものならほとんどすべて手に入れた。でもそういうことができるようになってみると、買ったものなんてやがては何の意味もなくなるってわかった」
いくら物質的な高価な物を手に入れても、心は満たされないのです。
あれほど恋焦がれた恋人も、一緒に暮らしてしまうと、魅力的ではなくなり、うっとうしくなってしまいます。
どんなに憧れたものでも、手にしてしまうと欲求不満がおきて、
それは本当の満足ではなかったことに気づきます。
後から手に入れるものは、すべて永遠のものではないからです。
永遠のものならば、最初から持っています。
偽りの自我は、常に未来に何かを求めて、今ここにくつろぐことができません。
痩せようと思っているのに、食べ過ぎたり、
健康に良くないことを止めようと思っていても、やめられなかったり、
優しくしようと思っても、感情的になってしまったり、
片付けようと思っていても、散らかしてしまったり
本当はやりたくないのに、「YES」と言ってしまったり、
偽りの自我は、ブレーキとアクセルをふんでいる相克状態にいます。
自分が分離していることに気がつかずに、「はい」と「いいえ」の間で戦っています。
そんな状態が続いているうちに、「何かがおかしい」と気がつく人がいます。
しかし、自覚が育っていないと、思考や感情に再び巻き込まれて苦しみます。
多くの人は、呼吸が浅く身体感覚も鈍くなっています。
こころは、刺激を自動化して処理しているために、外界の刺激にただ反応する機械的なパターンを、繰り返しています。
自分が、自由意志をもたない機械人間のようにふるまっていることに、気がついていません。
私たちは、小さな自分と大きな自分の両方を、持っています。
混乱して怯えているのが、プログラムに従って動く機械の小さな自分です。
小さな自分は、この世を生きて行くためのサバイバル機能です。
小さな自分は、近視眼的で臆病です。
嫌なことから、すぐに逃げ出します。
小さな自分は、大きな自分に気がついていないので、人生の荒波に揉まれるとすぐに、悲鳴をあげます。
自分と直面しないで、逃げてばかりいると存在の力はつきません。
大きな自分は、物事の全体を把握する神のような目を持っています。
大きな自分を本当の自分(セルフ)ともいいます。
ヨガでは真我、仏教では法身、解脱身と言います。
大きな自分に気がつくための方法が瞑想です。
しかし、瞑想しても瞑想状態がわからない人が大勢います。
静かに座っていても、頭の中は小さな自分が動き回り、絶え間のない思考の流れに同化しているので、深い瞑想の恩寵を得られないのです。
小さな自分は、何かを求めて過去と未来をさまよい、いまここにくつろぐことができません。
どうしても同じことを繰り返してしまう人は、大きな自分に気がついた人と一緒にワークするといいでしょう。
探究者の準備が整った時、飛んで来た火の粉が着火して光明が起きるのです。
大きな自分に気づくためのメソッドとして、呼吸に意識を向けます。
呼吸や身体感覚を使っていまここに導きます。
意識的な呼吸を継続することで、思考から離れて本当の自分を探求するというものです。
そして呼吸も早かったり、ゆっくりと様々です。
人によって個性があるので呼吸の仕方も違います。
そして、状況に合わせて、様々な姿勢や動きと組み合わせて行ないますので、呼吸のワークも多種多様です。
意識的な呼吸を続けることで、思考活動は低下して瞑想状態に入ります。
ほとんどの人が自分で自分を抑圧しているので、思考が低下するとエネルギーがブロックを超えて流れ始めます。
そして意識は、未完了の問題が発生した原初まで記憶を遡ります。
子供の頃に深く刻まれた記憶や感情、出生時や胎内の時のバーストラウマの記憶や、それ以前の過去生などの無意識の領域まで遡ることもあります。
自我の活動が低下すると、それまでに心の奥にしまい込んだ不安、怒り、悲しみ、喜びなどの感情が解放されて意識の表層に湧き上がってきます。
微細(サトル)な身体にエネルギーが流れる感覚が生じます。
身体に感情エネルギーのブロックや緊張がある人は、情動を感じても否定したり逃げないで、あるがままにしておくと、エネルギーの変容が起きます。
微細な身体の領域に入ると、カラフルな曼荼羅模様を見たりエクスタシーを感じて、美しい天上界の音楽を聞いたり、すばらしい香りがただようこともあります。
変成意識状態になると、言語や倫理、分析したりする自我を作っている左脳の働きが低下して、非言語の右脳の働きが活発になることが、観察されています。
その時に様々な陶酔感や愛の一体感などの、神秘と呼ばれている体験が瞑想者に起きます。
解放されて上昇したエネルギーの流れが頭頂まで達すると、エクスタシーの中で恍惚となる状態が訪れます。
しかし、微細身(サトル)よりも上位の元因身(コーザル)の領域を自覚していないと、偽りの自分であるちいさな自分に戻った時、微細身(サトル)の体験に執着してしまいます。
何回かサトル(微細)の領域を自覚しているうちに、自分の体がなくなって意識だけがあると言う瞑想状態に入ります。
その時に、低次のちいさな自分を超えた高次の大きな自分に気づくのです。
高次の大きな自分は最初からあったのですが
低次のちいさな自分に同化してしまっていたので、気がつかなかったのです
低次の自分と高次の自己は本来一つの自己です。
思考に気づいている意識、目覚めている意識が大きな自分です。
本当の自分、観照者、目撃者、真我と呼ばれています。
小さな自分を包んで超えているのが、大きな自分です。
全ては現れては変化し消えてゆくのが、現象世界です。
意識的に、目覚めたまま眠りに入ることができるようになると、
夢を見ているものだけが、夢ではない事を理解します。
それ以外の全ては、現れては消え去る実体がないものです。
自己の本性は、生と死を超えているのです。
本当の自分は、肉体でも感情でも思考でもありません。
すべての出来事は気づきの中で起きています。
その変わらない気づきが本当の自分・大きな私です。
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